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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)3972号 判決

原告 入中証券株式会社

被告 古庄三郎

一、主  文

1、被告は、原告に対し、二十三万三千五十円とこれに対する昭和二十五年五月十日から支払済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は、被告の負担とする。

3、この判決は、第一項に限り、原告において八万円を供託するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

一、請求の趣旨。

主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因。

(一)  原告は、有価証券の売買及びその取次を業とする会社であり、かつ、東京証券取引所の会員である。原告は、被告から、当時設立手続中の株式会社日活国際会館の権利株(株式の引受による権利。以下これに同じ。)の買付を委託され、右委託に基き別表<省略>(一)記載の通り右権利株合計七千五百株の買付をした。而して、その現物(株式申込金領収証をいう。以下同じ。)の受渡は、右会社の株式引受申込期間内に手数料を含め代金引換に行う約定であつた。(かかる取引を未発行証券の発行日決済取引ともいう。)

(二)  原告は、昭和二十五年五月十日本件権利株七千五百株の各買付先から受渡を要求されたので、その代金百五十二万円を立替払し現物を受領した。

(三)  そこで、原告は、被告に対し、右立替金の支払と、現物の引取を求め、同月十四日までに内金合計九十五万四千四百五十円の支払を受けたが、このうち、二十四万五千二百五十円は原告が被告の承諾をえて、前記七千五百株のうち二千五百株を別表(二)記載の通り売却してえた代金がこの支払に充当されたのであるから、同日現在において被告が引き取るべき現物は五千株分で、これに対する原告の立替残額は五十六万五千五百五十円であつた。

原告は、その後も引続き現物の引取及び右残金の支払を求めていたところ、被告は、同月二十五日にいたりこれを全面的に拒むにいたつた。かかる場合において、東京証券取引所の会員たる証券業者は、委託者の承諾をえずして買付証券を売却しその代金を委託者の債務の弁済に充当することができる商慣習が存するので原告は、右商慣習に基き、翌二十六日、被告の承諾をうることなく、右現物五千株を三十三万二千五百円で他に売却し、これを原告に対する被告の債務の弁済に充当した。しかも、なお、被告は、原告に対し二十三万三千五十円を支払う義務がある。

(四)  よつて、右二十三万三千五十円とこれに対する立替金支出日である昭和二十五年五月十日以降支払済にいたるまでの商事法定利息のうち年五分の割合による部分の償還を求める。

三、被告の答弁及び主張。

(一)  請求棄却の判決を求める。

(二)  原告主張の事実中、原告が立替金百五十二万円を支出したこと、その主張のような商慣習の存在することは知らない。原告が被告の承諾をえて処分した二千五百株分の価額が二十四万五千二百五十円であること、承諾をえないで処分した五千株分の価額が三十三万二千五百円であることは争う。その余の事実はすべて認める。

被告は、昭和二十五年五月十八日原告との間で、被告の引き取るべき残り五千株を同月二十日他に処分しその代金を被告の債務の内入弁済に充当するよう約定していたのであるから、原告が同月二十六日にいたり約定の二十日のそれよりも遙かに低落した市場価格で右株式を処分したことは不当であつて、処分価額と約定の日の価額との差額は原告自ら負担すべき損失である。

(三)  別表(一)記載の原告と各買付先との間の本件権利株買付は次の(イ)(ロ)(ハ)の理由によつて無効である。従つて、かかる無効の行為の委託も亦無効であるから、原告が本件委託契約に基きその主張のような立替金を支出したとしても、被告はこれを償還する義務はない。原告の請求は理由がない。

(イ)  株式会社日活国際会館は、本件委託契約当時はまだ設立準備中であつて、株式引受申込期間は昭和二十五年五月十日から同月二十日までの間であつた。しかるに、原告のした本件権利株の買付は、これより先、同年三月七日から四月三日にいたる間になされたものであるから、右買付の目的は株式でもなく株式の引受による権利でもなかつたことが明かで、権利として存在しなかつたという外はない。かかる買付契約は無効である。

(ロ)  仮にそうでないとしても、日活国際会館株式につき証券取引法第四条所定の有価証券届出の効力が発生したのは、同年三月二十五日である。従つて、原告の本件権利株買付は、未だ有価証券届出の効力の発生していない有価証券の取得の申込行為を包含し、同法第十五条第一項の規定に違反して無効である。すなわち、右買付は証券業者たる原告が、顧客たる被告の委託に基いてしたものではあるが、その委託は、原告の勧誘に基きなされたものであるから、同条第三項第四号本文の規定により同条第一項の規定の適用を除外されて有効となることができるものではないのである。

(ハ)  仮に、原告の本件権利株買付が強行法規に違反しない行為であるとしても、かかる取引を認めて法律上の保護を与える些かの必要もなく、そうすることによつて、却つて、投機の弊風を助長し、設立中の会社の基礎をぜい弱ならしめ、社会に悪影響を及ぼすものであるから、公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする無効の行為であるといわなければならない。

四、被告の主張に対する原告の反駁。

(一)  被告の主張事実中、日活国際会館株式について有価証券届出の効力が被告主張の日に発生したこと及び株式引受申込期間が被告主張の通りであつたことは、認めるが、本件株式五千株の処分につき被告主張のような約定のあつたこと及び本件委託契約が原告の勧誘にもとづくものであることは否認する。仮に原告主張の商慣習が存在しないとすれば、原告は、商法第五百五十六条の規定に基き、本件五千株を売却したものであることを主張する。

(二)  本件権利株は、将来の株主権即ち株式引受人の地位であるから、取引の目的とすることのできない虚無の対象であるとはいえない。発生することの確実な株主権は、いまだ現実には発生していなくとも、これを自由に取引することができるものとする(すなわち発行されることの確実な株式申込金領収証によつてその発行前に権利株の売買を行う)ことは、有無証券の円滑な流通を図るためにも、投資者の利益保護のためにも必要なことであつて、現に経済界において権利株の取引が盛んに行われていることがその例証である。商法は、株式の引受による権利の譲渡が当事者間において有効であることを認めているし、証券取引法は、その第二条第二項において、有価証券に表示されるべき権利は、これについて当該有価証券が発行されていない場合においてもこれを当該有価証券とみなす旨規定しているが、ここに有価証券に表示されるべき権利とは、現に存在する株主権ばかりでなく、現実にはまだ発生していなくとも発生することの確実な株主権をも含むと解すべきであるから、同法は未発行証券の取引の有効性を認める立場にたつており、本件権利株は証券取引法上の有価証券である。しからば何時を以て、将来における株主権発生の可能性が確定したと認められるべきかというに、信頼すべき発起人により定款が作成せられ、設立計画が実現確実の程度まで遂行せられたときにおいて然りというべきであろう。而して、本件権利株の取引の当時、日活国際会館の設立手続は、右に述べたような会社設立が確実と認めらるべき段階に到達していたものであり、従つて株主権の発生すべきことも確定していたのであるから、本件権利株は、取引の目的物となりうるものである。

(三)  本件権利株の取引中、昭和二十五年三月二十五日以前になされた部分については、証券取引法第四条所定の有価証券届出の効力が発生していなかつたけれども、本件の場合のように証券業者が顧客の委託に基いてする取引については、同法第十五条第一項の規定の適用がないから、その効力に影響がない。

(四)  およそ、法律によつて禁止制限せられない限り、自由にあらゆる物の取引をなしうべきことは、自明の理であり、本件権利株の取引は、商法、証券取引法その他いかなる法律によつても禁止制限せられていないから、強行法規に違反した取引でないことはもちろん、日活国際会館の設立に支障を及ぼしたとか、或は、公益を害したとかいう事跡もなく、賭博行為でもないから、公序良俗に反する事項を目的とする行為ではない。

五、立証

<省略>

三、理  由

原告が、有価証券の売買及びその取次を業とする会社であり、東京証券取引所の会員であること、原告が被告から当時設立手続中の株式会社日活国際会館の権利株の買付を委託され右委託に基き別表(一)記載の通り右権利株合計七千五百株を買付けたこと、その現物の受渡は、右訴外会社の株式引受申込期間内に手数料を含め、代金引換に行う約定であつたこと、原告が本件権利株の各買付先から現物を引き取り昭和二十五年五月十日以降被告に対しその受渡及び代金百五十二万円の支払を求めたこと、右日活国際会館株式の引受申込期間が同年五月十日から同月二十日までであつたことは当事者間に争がない。

成立に争がない甲第一、第二号証に証人湯村延義、同松本新一、同倉持和次の各証言を合せ考えれば、原告は、昭和二十五年五月十日頃、被告の委託に基き買付けた本件権利株の各買付先から受渡を求められ、被告のために代金合計百五十二万円を立替え支払つて現物七千五百株分を引き取つたこと、そこで、被告に対し右立替金の支払と現物の受領を請求したところ、被告は右立替金全額を支払う資力がなく現金十万円を支払つたのみであつたので、双方協議の上、予て被告から原告に差し入れておいた本件委託取引の保証金十八万三千七百五十円及び保証金代用証券の外右現物中二千五百株分をも支払の一部に充てることとし、同月十三日及び十四日の両日にわたり原告において右保証金代用証券を四十二万五千四百五十円で及び現物二千五百株分を別表(二)記載の通り二十四万五千二百五十円で他に売却し、その各代金を被告の債務の内入弁済に充当したことを認定することができる。右認定の事実によれば、同年五月十四日現在で、被告が引き取るべき株式は五千株で、これに対する原告の立替残金が五十六万五千五百五十円であることは明らかである。

しかるに、前掲各証拠(但し松本新一の証言中後記信用しない部分を除く。)によれば、原告が、前記内入弁済を受けた後も引き続き残金の支払と現物の受渡を求めたところ、被告は同月二十日頃まで残金の支払を猶予せよといいながら、同月十九日頃から旅行に出て不在となつたままその支払をせず、原告は同月二十五日にいたり漸く被告に面会することができて重ねて催告したところ、被告は言を左右にしてこれに応じなかつたことが明らかであつて、東京証券取引所に嘱託した調査の結果によれば、右のように、東京証券取引所の会員たる証券業者が、顧客の委託に基いて有価証券の買付をしたのに、顧客が手数料及び代金を支払つてその受渡をすることに応じない場合は、その証券業者は、法律上の手続によらずその有価証券を処分して委託者の債務の弁済に充当することができる商慣習が存することが認められる。そして、反対の事情の認められない本件においては、原被告共本件取引につきこの商慣習による意思を有していたものと認めるのが相当であり、前掲甲第一、二号証、湯村証人、松本証人(但し後記信用しない部分を除く。)及び倉持証人の各証言を合せ考えれば、原告は被告が右代金支払及び受渡をしない為、右商慣習に基き、被告の承諾をうることなく、翌二十六日本件現物の残り五千株を三十三万二千五百円で他に処分しその代金を被告の債務の弁済に充当しよつて代金残額が二十三万三千五十円になつたことを認定することができる。証人松本新一の証言中この認定に反する部分は採用しない。

被告は、同年五月十八日、原告に対し、右五千株を同月二十日売却処分し代金を内金に充当するよう申入れ、原告もこれを了承していたから、同月二十六日にいたり二十日のそれよりも遙かに低落した市場価格で売却したことは不当であつて、その差損は原告において負担すべきであるから、立替金残額が原告主張の額になることを争うと主張し、被告本人も右主張に副う供述をしているけれども、右供述は前掲湯村証人の証言と対比し信用することができないから、右主張は採用しない。

よつて、原告は、被告に対し、立替金残額二十三万三千五十円を請求する権利を有するというべきである。次に被告の主張につき順次判断する。

(一)  被告は、本件権利株なるものは、権利として存在しないものでその売買取引は無効であると主張する。日活国際会館の株式引受申込期間が昭和二十五年五月十日から同月二十日までであつたことは当事者間に争がないからこの事実に徴すれば、本件権利株が発起人の引受にかかる若干のものを除き本件取引当時未だ存在しなかつたことは明白である。しかし、本件取引は、申込金領収証発行を停止条件とし、該発行の時を期してその引渡により権利株を譲渡することを約定する条件附契約であると解すべきであるから、契約の時において株式の引受による権利たる権利株の存在しないのは当然というべく、しかして、その後約定の受渡日時に株式の引受及び申込金領収証の発行があつたことは、弁論の趣旨により当事者間に争がないことといつて差支ないから、本件契約を目的物の不存在により無効なものというは当をえない。被告の主張は理由がない。

(二)  次に被告は、本件権利株の取引が、証券取引法第十五条第一項の規定に違反し無効であると主張するが、証券取引法における有価証券届出の制度は、有価証券の発行者をして、その発行に先立ち一般投資者の投資判断に必要な資料を公開させることによつて、一面において投資者の利益を保護するとともに他面有価証券の流通の健全化をはかる為、その届出の効力発生前における募集売出その他同法第四条及び第十五条第一、二項所定の行為を禁止したものである。しかしながら、その禁止に違反してなされた行為の私法上の効果については同法に明かに定めるところがなく、却つて、同法第十六条の規定の如きは、違反行為が私法上有効であることを前提としているというべきである。従つて、本件委託契約が原告の勧誘に基いたものであるか、否かを論ずるまでもなく、右契約は証券取引法第十五条の禁止に違反したというだけでは無効ということができない。被告の主張は理由がない。

(三)  更に、被告は、本件権利株の取引は公序良俗に反する事項を目的とする行為であるから民法第九十条に違反し無効であると主張する。しかしながら、本件権利株の取引は、通常の株式の売買ないしその委託と本質的に異るところがなく、ただ、その目的が将来の「株式の引受による権利」であり、その履行が将来到来の確実な申込証拠金領収証発行の時にその領収証を以てなされるという点において特色を有するにすぎないのである。かかる取引が、会社設立の基礎を危殆に陥れる虞があるとか、賭博行為ないし社会の風教に悪影響を及ぼす行為であるということは右取引の内容自体に照し容認できないところである。もつとも、本件のような、俗に「へた株」の売買とよばれる取引は、現に行われている一般株式取引に比し、契約の時から受渡までに比較的長期間を存するところから不健全な過当投機を誘発し易く、受渡の不確実を招き取引界に混乱を招く虞がないとはいえないけれども過当投機の危惧は、商品、株式等の取引にも一般に生じ易く、独り、「へた株」取引のみの属性とはいえず、かかる取引に携る証券業者に対しては法律上国の監督が厳重に行われていることでもあるから、これから生ずることあるべき受渡不能の理由で本件取引を公序良俗に反するものとし、私法上の効力を否認すべきではないと解するを相当とする。被告の主張は理由がない。

よつて、立替金残額二十三万三千五十円と立替金支出の日である昭和二十五年五月十日以降支払済までの商事法定利息のうち年五分の割合による部分の償還を求める本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項の規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小川善吉 畔上英治 宮本聖司)

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